カジノは経済・財政・人間性を略奪する
――国・自治体が略奪的ギャンブルの共犯者に
鳥畑与一静岡大学教授インタビュー
――安倍首相が視察もしたシンガポールをモデルにするという報道もされています。鳥畑先生は、シンガポールのカジノを実際に調査もされていますが、どのようなものだったのでしょうか?
安倍政権がモデルとするシンガポールのカジノ
シンガポールの「IR」は、基本的に外国観光客をターゲットにスタートしています。国内の人間をカジノに入れるべきではないという議論もあったそうです。しかし禁止にもできないということで、入場料を取ることにしています。シンガポール国民の場合は1日の入場券が100ドル。これはシンガポールドルなので、約8,000円くらいです。年間券は2,000ドルで約16万円です。 また、NCPG(National Council on Problem Gambling)という、日本語に直訳すると「問題ギャンブラー国立評議審議会」みたいなものを作っています。ギャンブルは危ないので困ったら相談してくださいと啓発する機関です。 そして、ギャンブルに対して自分でコントロールできなくなった人には自己排除制度というものをつくって、カジノへの立ち入り禁止措置なども整えて臨んだのです。ですから、あくまで国際観光業として、外国人だけに遊んでくださいというのがシンガポールの目標だったわけです。 それが上手く機能したかというと、実は上手くいっていません。ちなみに観光客としては、やはり中国人の団体客がたくさん来ていました。シンガポール国民はおよそ25〜30%くらいだろうということでした。 2010年にシンガポールに2つのカジノがオープンして約1年後に行った2011年の調査によると、病的ギャンブラーは問題ギャンブラーも含めて増えていないそうで、犯罪率は減っているということでした。これをとらえて、日本のカジノ推進派が言うわけですね。シンガポールは2つの「IR」をつくったことによって観光客が900万人台から1,500万人台に増え、観光収入がものすごく増えた。それは「IR」のおかげで、成功している上に病的ギャンブラーは増えていないし、犯罪率だって増えていない。だからきちんと管理し、コントロールすればシンガポールのように上手くいく。だから、カジノは成長戦略の目玉だと言うわけです。 たしかに、シンガポールの場合は、国際観光業の目玉としてカジノが機能していると、言えなくはないだろうと思います。けれど、900万人台から1,500万人台に観光客が増えた割に、カジノの収益は逆に減っているのです。 カジノのおかげで国際観光客が増えたというのなら、当然カジノの収益が増えていないとおかしいわけですから、国際観光客数が伸びているのは、必ずしもカジノのおかげとは言い切れないと思っています。 これはきちんと調べないといけない問題なのですが、カジノそのものに何人が足を運んで、その内訳はどうなっているかという数字をシンガポールが公表していないので、今の段階では推測でしかものを言えません。しかし、観光客数はものすごく伸びているのにカジノの売り上げは落ちていることは分かっていますので、そんなに単純にカジノが機能しているから国際観光客が増えたとは言えないと思うわけです。
外国人観光客中心のカジノは日本では成立しない
それでは、日本がシンガポールをモデルにカジノをつくった場合、日本で400億ドル(4兆円)のマーケットが本当にできるのでしょうか? この400億ドルのマーケットというのは、東京と大阪に、地方の10カ所を加えて、全部で12カ所にカジノができた場合の推計です。東京と大阪がそれぞれ80億ドル、地方都市1カ所あたり24億ドルの売り上げで合計400億ドルというカジノ推進派の試算です。 ゴールドマンサックスは、東京と大阪、沖縄の3カ所で約1兆5,000億円の収益が確保できると言っています。基本的に東京と大阪が収益のほとんどを占め、そのうち7割は国内客で3割は外国客が期待できるというのですが、その3割の外国客が来てくれる根拠はないと思っています。 ゴールドマンサックスは、東南アジアはシンガポールのカジノがおさえていて、中国の台湾から南部はマカオのカジノがおさえているが、中国の北部が空白地帯だというのです。そこには潜在的なギャンブラーがいて、中国の中部から南部の中国ギャンブラーがマカオのカジノに行ってお金を落とすのと同じくらいのお金を落とすと仮定しています。その60%を日本が取ることを前提にすれば、1兆5,000億円の3割は中国北部のギャンブラーが来て落としてくれるという皮算用なのです。 そうすると、中国北部のマーケットの6割を日本がおさえることが本当にできるのかということが問題になりますし、そもそも中国北部のカジノ市場が空白だと言えるのかも疑問です。 韓国には国内17カ所にカジノがあって、うち16カ所は外国人専用です。1カ所だけカンオンランドというところが国内向けなのですが、カンオンランドで13億ドル、16カ所の外国人専用カジノも全部合わせて26億ドルの収益規模というのが韓国マーケットなんです。韓国の外国人専用は「IR」ではありません。今そこに、「IR」型のカジノをつくろうという動きが急ピッチで進んでいます。仁川空港のそばにアメリカのカジノ資本が「IR」をつくるという申請を出して今年3月に許可が出ています。冬のオリンピックまでに済州島にも「IR」を作る計画が進んでいます。 台湾にも2019年までに「IR」型カジノができるだろうという新聞報道がされています。そうすると、アメリカのカジノ資本は、韓国と台湾に「IR」型カジノをつくり、中国北部のギャンブラーを取ろうという動きをすでにしているわけですね。
日本は「周回遅れ」に
日本が2020年の東京オリンピックまでに「IR」型カジノをつくってオープンする頃には、周回遅れでのこのこ入っていくような形になる。そうすると、先ほど紹介したアトランティックシティの「IR」型カジノの破綻と重なるわけです。 日本がカジノに乗り込む頃には韓国や台湾にすでに「IR」型カジノができている。基本的にギャンブラーは近いカジノに行きます。同じギャンブルをするのにわざわざ遠いところには行きません。そうすると、中国北部のギャンブラーの6割を日本が取るなんて皮算用もいいところです。それも東京と大阪は3割を見込めるというけれど、地方は外国のお客さんをどれくらい見込めるのかといったら、実際はお話にならない程度だと思います。 つまり、日本の400億ドルマーケットに100億ドルを投資しますなんて景気良く打ち上げているのは、日本の国内マーケットつまり日本人の懐だけで十分儲かるという見込みがあってのことになるわけです。シンガポール型の外国人観光客中心のカジノのビジネスモデルは、日本では成立する見込みがありません。 シンガポールですら、2〜3割は国民が足を運んでしまい、オーストラリアの場合は90数%が国内です。そういった意味では、まずシンガポール型のいわゆる国際観光業の目玉としてカジノは機能しないと思います。逆に国際観光業の目玉として機能する自信があるのなら、外国人専用にすればいいのです。しかしそれではとても商売にならないと思っているからそうしないのだと思っています。
日本でギャンブル依存症対策は不可能
次に、シンガポールが取っているカジノの負の側面に対する対応策についてです。カジノ推進派は「きちんと厳重な国家管理下におけばコントロールできる」と主張していますが、私がシンガポールに実際に行って日本との違いをものすごく感じたのは、シンガポールは“明るい北朝鮮”という言い方をしたら分かりやすいと思いますが、昔は開発独裁という言い方もしましたが、ようするにシンガポールは国家管理が非常に強い国だということです。国民総背番号制で、国民全員がIDで管理されているわけです。 私がシンガポールヒアリングをして驚いたのは、国民に対して「セルフ・エクスクルージョン・システム」というのがあり、自分でコントロールが利かなくなったら自分でカジノ立ち入り禁止措置を申請できたり、うちのお父さん言うこときいてくれないといった場合は、妻や子どもが代わりに申請できる制度があるのです。 総背番号制ですので、カジノの入場券を買う時に自分のIDカードを入れないとそもそも入場券を買えないわけです。政府の方はシンガポール市民の誰がいつカジノに行ったかということが全部分かっている。その情報がホストコンピューターに集計され、2つのカジノとオンラインでつながっていて分かるというのです。だから当然、この人はカジノに月何回行っているということも分かる。 そこで去年から、月6回以上カジノに行っている市民に対して警告書を出し始めました。自己破産した人、生活保護を受けている人、公団住宅に家賃補助を受けながら入居している人などはカジノに立ち入り禁止になっています。それができるのは、やはり国民総背番号制度で一元的に情報管理されているからなのです。

カジノでギャンブル依存症が増加
ところが、ギャンブル依存症の問題はこの「セルフ・エクスクルージョン・システム」では上手くいかないそうです。なぜなら、自己コントロールが利かなくなった後に家族が申告を出してもすでに手遅れということです。

私たちがヒアリングをしたワンホープセンターというところはギャンブル依存症になった人たちの救援活動をやっているのですが、カジノが導入されてからギャンブル依存症で相談に来る人や自助グループに参加する人が約3倍増えていると話していました。その人たちは、「セルフ・エクスクルージョン・システム」でカジノ立ち入り禁止措置を受けている人たちです。 それで、カジノに入れなくなったらどうなるかというと、カジノ以外の街の小規模な店でスロットなどをやっていたり、クルーズ・カジノという、船でシンガポールの国境外に出てカジノをやってしまう。結局、ギャンブル依存症になった人は多くの場合が手遅れになるということです。
カジノに足を運んだ1割が禁止措置を申告
この「セルフ・エクスクルージョン・システム」の申告数はものすごく増えていて、家族申告と自己申告を合わせると1万5,000人くらいだそうです。 カジノ推進派の人は、シンガポール市民全体で540万人だから、そのうち1万5,000人は少ないという言い方をします。しかしシンガポールのカジノ規制庁が発表した数字だと、そもそもシンガポール市民で1回でもカジノに足を運んだ人は、2011年からの3年間で7.7%です。人数にすると、シンガポール市民の成人約22万人。そのうちカジノ常連客は、私の推測では6万人くらいだろうと思います。 足を運んだ22万人の1割が立ち入り禁止措置を申告しているだけでも凄いですよね。さらに常連が6万人くらいだとすれば、この6万人くらいの中で1万5,000人が「もう自分でコントロール利かないから入れてくれるな」というところまで行っている。やはりギャンブル依存症というのは大変な問題だと思います。 オーストラリア政府の報告書にも驚くべきことが書いてあります。オーストラリアにもシンガポールと同じように「セルフ・エクスクルージョン・システム」があるのですが、これに申告する人は実際にギャンブル依存症になった人の1割から2割くらいだろうと書かれているのです。国の違いもあるのでその比率がシンガポールにも当てはまるかどうかは分かりませんが、いずれにしてもギャンブル依存症1万5,000人というのは氷山の一角です。
カジノとマネーロンダリングは表裏一体
もう一つ、マネーロンダリングの問題があります。マカオのカジノに中国VIPが多く集まるのは、マネーロンダリングでお金が手に入るからです。昨年、アメリカの議会が報告書を出していて、ラスベガスにはないマカオ特有のシステムとしてジャンケットという存在があると指摘しています。ジャンケットというのは仲介業者で、お客さんをカジノに連れてきて遊ばせ、お金がなくなったらお金を貸すという面倒も見るのです。 中国では、中国人が外国にお金を持ち出せる額が限られています。1回5,000ドル、年間5万ドル、 つづく