中日・東京新聞記事より

中日社説
成果主義の嵐のあとに 週のはじめに考える
2015/12/6 紙面から
 狭き門の正社員と増え続ける非正規社員。この国はすでに二つの階層に分断されてしまったのではないか−。そんな不安さえよぎるのです。
 猫の目なのか、朝令暮改なのか。こうもルールがころころ変わっては本人はもちろん、大学生の子を持つ親御さんも心配で落ち着かないはずです。
 安定した収入を得て暮らしの土台をつくる就職は、進学や結婚と並ぶ人生の一大事。収入も安定も手に入る正社員になる大きなチャンスが卒業時の「新卒一括採用」です。その就職活動の解禁が、昨年までは四月、今年は八月、来年は六月と目まぐるしく変わるのですから。
青田前の種もみ買い

 新卒一括採用は混乱と見直しの歴史です。どの企業も優秀な学生が欲しい。学生は一日でも早く希望の会社の内定をもらいたい。強制力のない紳士協定で「解禁日」を決めても、抜け駆けが出て仕組みは揺れ動いてきました。
 優秀な学生に内々で内定を出す「青田買い」は今でも聞かれますが、高度成長期はもっと激しかった。大学三年で採用を決めてしまう「種もみ買い」という言葉まであったほどです。
 ならばやめて、通年採用にすればいい…と簡単にいかないのは新卒一括採用が終身雇用、年功序列という日本型雇用の入り口になっているからです。
 卒業予定者を一括して採用し、企業内で研修、訓練して時間をかけて育てる。働く人も定年までの数十年、同じ会社で安定して働き、勤め上げればそれなりの給料と地位を得られる。
 実はこの仕組みは日本独自のモデルです。欧米などの企業は通年採用が基本です。経営戦略や仕事に応じて必要な能力、専門性のある人を必要な時期に採用する。働く側も経験と実績を積みながら、よりよい待遇の会社へと移っていきます。
日本型雇用の危機に

 戦前に始まった日本型は戦後、中小企業にまで広がり、日本企業の強みとして高度成長の原動力になりました。
 その日本型雇用が危機に瀕(ひん)したのがバブル崩壊後の長期不況です。一九九〇年代半ば以降、多くの企業が行き詰まります。
 同じころ、米国では自由放任のレーガノミクスで金融革命、IT革命が進行。英国でも競争重視のサッチャリズムが成功を収めると、日本型の雇用は時代遅れと見られるようになりました。
 身分が保障される代わりに組織の中で長時間労働に耐え、定年まで滅私奉公−という日本型は「新たな発想を生まない高度成長期の遺物」と批判されたのです。コスト削減のリストラとともに米欧型の成果主義能力主義を取り入れる動きが広がりました。リストラと競争重視の成果主義の嵐が吹き荒れたのです。
 さて、嵐が去ったあとに何が残されたのか−。目の前に広がるのは「四割以上が非正規雇用」という荒涼とした現実です。パートや契約社員派遣社員など非正規雇用が四割を超えました。
 その一方で大学生に人気のある大企業ほど、終身雇用を維持しています。人件費の削減を迫られて一時、成果型の賃金体系などを導入しましたが、うまくいかず日本型に戻したのです。
 「終身雇用、年功序列、手厚い給与と社会保険」という恵まれた正社員と「低賃金、不安定な身分、不十分な社会保障」の非正規社員。気が付くと、働く現場は二つの階層に分断されてしまったようです。
 さて、ここが胸突き八丁、踏ん張りどころです。
 今、有力な処方箋として語られているのは「労働市場改革」というさらなる規制の緩和です。派遣法や労働基準法の改正だけでなく、「終身雇用は能力の高い人材の中途採用や流動化を妨げ、労働市場を硬直化させている」と、正社員も俎上(そじょう)に載せられています。
 そもそも能力の高い人はどこでも活躍できます。能力があるのですから。大切なのはそれほど能力のない人が、それなりに安心して夢を持って暮らしていけるかどうかです。
弱い者がさらに弱く

 二十年の景気低迷が続く中、弱者対策は後手後手に回ってきました。民主党政権の「コンクリートから人へ」は素晴らしかったが、実現する力がなかった。
 今求められているのは競争よりも、傷ついた多くの働く人たちを癒やすこと。働く人たちの分断を食い止め、修復することであるはずです。
 このままでは強い者はさらに強く、弱い者はさらに弱くなってしまう。政権にある自民党公明党が戦後、目指してきたのはそんな世の中ではないはずです。


東京新聞【社会】
募集と違う「求人詐欺」 ハローワーク相談1万超
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2015年12月5日 夕刊
正社員として働いていたコンビニの状況について取材に応じる女性=11月、東京都世田谷区で
 ハローワークの求人票が実際の労働条件と違うという相談が全国の労働局などに相次ぎ、厚生労働省の集計で、二〇一四年度には一万二千件に上った。うち三割超の四千件以上で実際に食い違いを確認した。
 放置すればいわゆるブラック企業へ労働者を送り込むことにもなりかねない。大学を通じた求人でも同様の相談があり、NPO法人「POSSE」の今野晴貴代表は「『求人詐欺』ともいえる深刻な事態。国や民間による効果的な対策が必要だ」と訴える。
 厚労省によると、ハローワーク労働基準監督署などに寄せられた相談は、一二年度七千七百八十三件、一三年度九千三百八十件、一四年度一万二千二百五十二件。うち一三年度の41%(三千八百十五件)、一四年度の36%(四千三百六十件)の求人で、食い違いが確認された。
 一二年度は、多数の相談が寄せられたことを受けての試行的な調査。各労働局に報告を求めた一三、一四年度の相談の内訳は「賃金関係」が最多で、「就業時間」「職種や仕事の内容」も多かった。
ブラック企業 見分けつかず
 コンビニ、一日の実働八時間、年間休日数百五日、隔週休二日制、賞与年二回、大学卒の月給二十万円−。
 今年一月。大学四年生だった二十代女性は、大手就職サイトでこんな求人を見つけた。販売業を中心に考えていたが、休みの多さなどにひかれた。
 二度の面接を通過し、四月から正社員として東京都内のコンビニに配属。直後、店長から「母の日セット」を二つ買うよう強いられた。いわゆる“自爆営業”だ。
 忙しい店に移った五月からは、休憩一時間を挟み毎日十四時間働かされ、休みは週一日。夏の賞与や残業代も支払われなかった。入社後に知った基本給は月十五万円だった。
 女性は「新卒の就職活動でやっと内定が出た会社。先輩も頑張っていて、辞めるに辞められなかった」と振り返る。
 「好待遇をエサに社会経験の少ない若者をだまして入社させ、きつい仕事を押し付ける。うその求人が許されるなら、どこがブラック企業か働くまで分からない」。女性の怒りは収まらない。
 二歳の女児を持つ別の二十代の女性は三月、託児所付きの求人票をマザーズハローワーク東京で見つけた。面接でもそう説明され、そのエステ会社に五月に正社員として入社した。
 しかし、実際には託児所はなく、職場でベビーシッターを雇うことに。費用は後日、請求された。七月下旬に体調不良で入院すると、一方的に退職を求められた。
 女性は「国がやっているハローワークにうその求人があるとは想像もしなかった。しっかり企業を調べた上であっせんしてほしい」と訴えた。