デジタルフライデー記事より

小林節慶應大学名誉教授 「安保法案はこれで潰せる」
2015.07.27

改憲論者で歴代内閣の相談役でもある 憲法学者が見てきた 自民党の本質
憲法を 無力化していく手法は ナチスと同じだ」



「総選挙で信任を得た」と言うが、安保法制は約300ある'14年衆院選公約の200番台後半だった

先日、湯河原(神奈川)で行われた講演会の後で、ある護憲派の人に「小林さん、改憲派でしょう?」「自衛隊は合憲だと思っているでしょう」と議論を吹っかけられました。「思っていますよ」と返すと「そんな人とは口をきけない!」と。ちょっと待ってほしい。いまはそんな争いにエネルギーを費やしているときではない。憲法自体が破壊されようとしているのだ。

憲法第9条二項で日本は「交戦権を持たない」と定められています。自衛を除き、日本には戦争をする法的資格がない。集団的自衛権というのは、同盟国が戦争に巻き込まれた場合に駆け付けて助けるというもの。海外で戦争をする法的資格がない日本は、そもそも集団的自衛権の行使も海外派兵もできないのです。

「独裁者の発想」

ところが、安倍晋三首相(60)は「存立危機事態」と「重要影響事態」というわかりにくい言葉をわざと用いて、自衛隊を海外派兵しようとしている。

たとえば「存立危機事態」は、地球のどこかでアメリカが襲われて、その結果、明日にも日本国民の全人権が否定される危険な事態のことですが、何度考えても具体的に思いつかない。

これはつまり「オレについてこい。細かいことは言えないが、オレが客観的、合理的、総合的に判断する」ということ。独裁者の発想ですよ。憲法上、戦争ができなかった国が、一政府が作った法律によって戦争できるようになる。これではナチスと同じ主客転倒です。

〈こう憤るのは、政府の安保関連法案を「違憲」と断じた3人の憲法学者の一人、小林節(せつ)・慶應義塾大学名誉教授(66)だ。改憲論者として知られ、30年以上も前から自民党の勉強会に呼ばれていた。政府関連会議の参考人経験も豊富で、歴代内閣の事実上の相談役として知られていた。〉

安倍首相が官房副長官だったころですから、もう10年以上前になりますが、福岡発東京行きの飛行機に偶然、彼と乗り合わせたことがあった。

そのとき、たまたま私は「憲法改正をしないで集団的自衛権行使、自衛隊の海外派兵はできるか?」という財界からの質問に答えるための資料を開いていて、彼はそれに強い関心を示した。だから私は「憲法を改正しないと海外派兵は不可能ですよ」とレクチャーしました。

憲法上、(戦力にはあたらない)『必要最小限』の自衛権の行使は認められていますが、海外派兵は必要最小限を超えている。『必要』だと拡大解釈しても、『最小限』で歯止めがかかるから、自衛隊の海外派兵は無理です」

と。今回、安倍首相は改憲せずに、「安全保障環境の変化」を理由に海外派兵可能な安保法案を衆議院強行採決。「必要」も「最小限」も拡大させたのです。

安倍首相は国会で「自衛隊はホルムズ海峡にしか行かない」という主旨の答弁をしていますが、ならば「ホルムズ海峡が機雷封鎖された際にアメリカを助けるため、戦火が収まったときに機雷排除に行く」法律を作ればいいだけの話。

私は慶應大学法学部の助教授になってから自民党の勉強会に呼ばれるようになったのですが、当時から自民党の国会議員たちは「どうして俺たち政治家だけが憲法を守らなくちゃいけないの?」と平気で言っていた。ましてや世襲貴族集団のようになっている自民党において、"若殿"安倍首相の暴走を止める人物はいないでしょう。おそらく本気で安倍さんは「何が悪いの?」と思っているはずです。

〈小林教授は'14年3月で慶應大を定年退職。組織人としてのしがらみがなくなり、自由に発言できるようになった。〉

安保法案が成立した直後に、違憲を主張する行政訴訟を起こすつもりです。例えば吉永小百合さんやノーベル賞受賞者など各界を代表する100人の賛同を集めて、一人10万円の損害賠償を求めます。安保法が成立すれば、首相の決断でいつでも海外派兵ができるようになり、「戦争の危険」が具体化する。憲法の前文にある「平和的生存権」(平和のうちに暮らす権利)が侵害されるのです。弁護団は1000人規模で挑みたい。

その先は政権交代を目指します。安倍政権の力の根源は「選挙で勝った」という一点のみ。それでいて、自公政権の得票率は全有権者の3割にすぎないのです。

閣議決定とは政策形成をする際の目標設定にすぎない。新政権が「歴代政府の解釈にも、憲法学界の見解にも反する」として取り消せばいい。安保法案も「安倍政権の新安保法制なるものを一切廃止する」という一行法案で潰せるのです。

正義感とは理不尽を見て怒る勇気のこと。

私はそう教わりました。

現に私の専門領域内で重大な理不尽が発生している。

私しか持ちえない知識、経歴を使って、全身全霊で闘いたい。

やり残したことのない、満足しきった良い顔で死にたいと思っています。



取材前日は山形、当日は名古屋、翌日は山口で講演。「首相が取り戻したいニッポンは大日本帝国でしょうか?」

PHOTO:鬼怒川 毅 村上庄吾