「お気持ち」計4000万円超に追徴課税 曹洞宗大本山総持寺

「お気持ち」計4000万円超に追徴課税 曹洞宗大本山総持寺
2016/2/13 朝刊
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 国内最大級の仏教系宗教法人「曹洞(そうとう)宗」では、一般の僧侶らが大本山の高僧に会いに行く際、高額な「お気持ち」(献上金)を持参するのが習わしになっている。大本山総持寺横浜市鶴見区)のトップらが四年間で計四千数百万円の献上金を個人的に使うなどしていたところ、東京国税局から「いったん総持寺の会計に入れた上で、給料としてもらうべきだった」と指摘された。源泉所得税の徴収漏れで、総持寺が納めた追徴税額は千数百万円。宗教界に横たわる不明朗税務の一端が浮かび上がった。
◆100万円包んだ
 「手ぶらで会いに行くなんてあり得ない。自分の寺の記念法要に大本山の高僧を呼ぶとなれば、手土産代わりにある程度のお気持ちを包むのが宗派の常識。相場はなく、一万円から数十万円まで幅は広い」。関東地方の寺で住職を務める男性が内情を明かす。
 総持寺トップの貫首(かんしゅ)は、紫雲台(しうんたい)という建物で住職らと面会する。侍者に包み紙を渡すと中に通され、貫首と五分程度話すことができるという。
 この住職が続ける。「檀家(だんか)を連れて伺ったこともある。禅師さま(貫首)は『頑張ってくださいね』などと短い言葉を掛けてくださるだけだが、僧侶や檀家にすれば、お目にかかれるだけで光栄」
 東海地方の住職の男性は「大本山でなくても他の寺の住職に会いに行くときは、菓子折りの代わりにあいさつ料を包む。でも大本山は別格。昔、本堂の落慶式の法要に貫首をお呼びした際は、お願いの際に三十万円渡し、お礼で百万円を包んだ」と振り返る。
 献上金を贈ると、金額に応じてお返しをもらうのが通例。「例えば一万円なら風呂敷、十万円なら扇子、三十万円なら漆の箱に入った茶わんといった具合。自筆の色紙をいただくこともある」
 東京国税局の税務調査で問題になったのは、貫首ら高僧が総持寺内で受け取った献上金の取り扱いだ。
 関係者によると、貫首のほか、副貫首やナンバー3の監院の役職にある歴代の高僧も、総持寺内の自身の部屋などで住職らと応対している。「拝問料」「献香料」と呼ばれる献上金を受け取っていた。
 献上金の授受自体に法律上の問題はない。ただ、歴代の高僧は二〇一三年までの四年間、受け取っていた献上金を大本山に納めず、自身らで管理し、一部を個人的な食費や日用品購入などに充てていたという。自らが住職を務める地方の寺の収入に計上するなど独自に申告していた高僧もいたが、無申告のケースもあったとされる。
 何がいけなかったのか。国税庁が発行する「宗教法人の税務」によれば、「宗教活動に伴う収入は、すべて宗教法人の収入」とみなされる。国税庁の担当者は「宗教法人の活動で得た収入は法人に帰属するという考え」と説明する。
 寺という宗教法人に所属する僧侶は、寺から給料をもらう給与所得者だ。一般企業の売上金のように、布施や献金も原則として宗教法人の会計に入れなければならないというのが、国税庁の見解だ。
 東京国税局は、高僧らの献上金収入のうち個人で使ったと判断した四千数百万円について、総持寺からの給与や賞与と認定。本来源泉徴収すべき所得税を納めなかった経理ミスがあったとして、不納付加算税を含め千数百万円を追徴課税したとみられる。
◆他の宗派でも
 税務調査について総持寺側に取材を申し込むと「寺としてはお答えしない」と断られ、後日、顧問弁護士の長谷川正浩氏から連絡があった。長谷川氏は修正申告したことを認めた上で「布施の本質に対する見解が課税当局と違っていた」とコメント。献上金は総持寺の会計に入れる方式に改めたという。
 長谷川氏は、個人的な見解も披露した。「僧侶は生産活動に携わらないため収入がない。だから在家の檀家から布施をいただく。仏教的には布施は僧侶個人の収入で、今回の拝問料も同じ考え。しかし課税当局はたとえ個人で税務申告していたとしても、法人の収入だとして課税する。仏教的に見れば問題だ」
 高僧に会う際に献上金が必要なのは、仏教界では一般的なのか。長谷川氏は「私は日蓮宗の僧侶でもある。総本山にうかがうときはお菓子料三万円を包む」と語った。
 国税庁によると、二〇一四事務年度に実施した宗教法人の税務調査で、源泉所得税の納税に問題があると指摘した割合は、前年比3・2ポイント増の69・5%。法人全体の平均(約三割)を押し上げている。
 東海地方の別の男性住職は「拝問料だって元をたどれば檀家からの布施。さらなる消費税増税も控え、国民全体で税負担の痛みを分かち合う時代にだらしないことを続けていれば、いずれ社会からそっぽを向かれてしまう」と疑問を呈した。
 「お寺の経済学」の著書がある慶応大の中島隆信教授は「宗教法人は戦後にできた枠組み。いまだに法人を運営しているという自覚が乏しく、寺のものは自分のものという昔からの価値観に縛られている僧侶は多い。『お布施はまず仏様にささげましょう』という感覚があれば、自分はその一部を頂くという思いに至るはずだ」と唱える。
 近年はインターネット通販大手「アマゾンジャパン」を通じた僧侶の派遣サービスが始まるなど、宗教行為のビジネス化が進む。中島教授は「仏教界がいくら反発しても、このままだと寺離れは進む一方だ」と警鐘を鳴らした。

(池田悌一、佐藤大
 <曹洞宗>中国で釈迦(しゃか)の教えを学んだ道元が、鎌倉時代の13世紀、福井県永平寺を開山。永平寺で修行した瑩山(けいざん)が石川県で総持寺を開き、教えを全国に広めた。永平寺総持寺のいずれも大本山の位置付け。総持寺は明治時代に火事で焼失し、1911年に現在の横浜市に移転、俳優の石原裕次郎さんが眠る寺としても知られる。曹洞宗の寺院数は1万4545(2014年版文化庁宗教年鑑)で、仏教系では国内最大規模。系列の教育機関に駒沢大や愛知学院大などがある。